●「名前を貸しただけ」
取締役の責任範囲
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某市内の商社に勤めるサラリーマンの人好さん(38)は、
同窓会
に出席をするため地元に帰省した。

そこで再会した親友のA男がこんな申し出をしてきた。

「会社を作りたいんだけど取締役になってくれないか。

名前だけでいいんだ。済まないが給料や報酬は当分ゼロということで」

A男とは小学校から高校まで同じ学校に通った幼なじみ。

実印を押すだけで役に立つなら」ということでOKし、

帰京した際に送られてきた定款などの書類に目を通し、

印鑑を押してA男に送り返した。

◆取締役だった会社が倒産

月日が流れ、それから5年。

好さんは為替レートと睨めっこをする毎日を送っていたが、

A男の会社は地元銀行の破綻の煽りを受けて

資金繰りが悪化していた。

ある日、人好さんの勤務先に「A男の会社が倒産した。

私は取引先の鬼山と申す。

取締役である貴方に責任を負ってもらう」と電話が掛かってきた。

納入した商品の代金、

500万円余が未納のまま倒産したのだと言う。

A男の会社が倒産!?---寝耳に水の人好さんは

「何も知らん。私は名前を貸していただけだ」と言って電話を切り、

慌ててA男に連絡を取った。

だが、何度掛けても呼出し音が鳴るばかり。

心当たりを当たってみると、

経営陣がみな夜逃げしていたことが判った。

付き合いで断わり切れずに取締役として名前を貸した会社が倒産。

経営陣が雲隠れしてしまい、

何も事情を知らない名義貸しの取締役のところに

債権者が押し掛けるのはよくある話だ。

鬼山も例外に漏れず、

人好さんの勤務先はおろか自宅にまでガンガン電話を掛かけてきた。

「おまえも取締役なんだから責任とれ!500万円払え。

知らぬ存ぜんぬで通るか!!」

◆取締役の責任と損害賠償

 

取引相手がその対価の支払いを求めることができるのは、

会社に対してだけに限られる。

会社の経営状態が悪くなって倒産してしまえば

オシマイなのが株式会社の大原則

はたして、人好さんに責任義務はあるのだろうか。

商法では例外的に『取引先など第三者(取引相手)に対する

取締役の責任の制度』(商法第266条ノ3)を定めている。

要約すると、会社がその業務を行うにあたって

第三者に損害を与えた場合に、

取締役がその職務を行うに付き悪意又は

重大な過失が認められるときに、

取締役はこの第三者に対して損害賠償義務

負わされるのだ。

鬼山は人好取締役の第三者責任を主張して

損害賠償を請求してきのだろう。

確かに、取締役は会社の業務を行うにあたり、

第三者に損害を与えることがないように監督すべき

注意義務を負っている。

注意義務は代表取締役だけでなく

平の取締役にも及ぶのだが、

注意義務を怠った結果で第三者に損害を与えた場合にのみ責任を負う』だけなのである。

会社が倒産して代金が払えないということだけで、

取締役にその責任が及ぶことはない。

◆反撃トーク

第三者責任を主張する場合は、

債権者側が損害を与えたことについて

取締役に落ち度を証明する必要がある。

鬼山はこの点を明らかにしなければならないのだ。

人好さんは鬼山が執拗に言い寄ってきたら

「商法が定めるところ、私が取締役として

どのような注意義務違反があったか証明せよ。

もし、あったのならその注意義務違反と

第三者である貴殿との損害の間に、

どのような因果関係があるのか明らかにせよ。

私が注意をしていれば、

いかに貴殿の損害を防ぐことができたかである。

また、この取引きで貴殿が損害を受けることを

私が予見し得たかどうか

以上すべてを証明されてから話し合いに応じる」

とピシャリと言い返してやればイイ。

一般的に言って、名義貸しの取締役は、

会社の業務に全く係わることなく、

給料はおろか役員報酬さえ手にしていないもの。

会社の経営状態や内容などを知る立場にないと考えられている。

人好さんは東京でサラリーマン生活をしており、

○○県のA男の会社の経営への口出しはおろか

何の発言権もなかったことは明らか。

人好さんは第三者に損害を与えるであろうことは

知る由もなかったのだから、

それを防止する権限もなかっただろう。

結局、人好さんが第三者に対する責任義務を負わないと言える。


◆無責任な名義貸し取締役


証明出来っこない鬼山だが、

このまま引き下がるだろうか。

倒産した会社で唯一連絡が取れる人間が人好さん。

そもそもの主張が「おまえも取締役なんだから責任とれ!」である。

確固たる法的なバックボーンがある思えない。

案の定、こんな主張をしてきた。

「名目上の取締役であるにせよ、名を連ねている以上、

会社に対して全く責任がないとは言えないはず。

そもそも経営に関与せず、また何ら注意せず、

完全にノータッチだったこと自体が取締役として職務怠慢だ」

『名目上の取締役など職務怠慢の極み』と批判したいのだろう。

だが、ここで鬼山の負けである。

何故って、責任が全くないとは言えないはずと言いながらも、

総体的に「"無責任"な野郎だぜ!」と

認めてしまっているからなのである。(皮肉)

この"無責任"さについて、

サラリーマンが知人から頼まれて

取締役として名義を貸したものの、

経営にはノータッチで報酬も貰っていなかたケースで、

取締役の第三者責任を否定した判例がある。

従って、どう転んでも鬼山に勝ち目はない。

それでも自覚せず、不当な要求を続けてくるようなら、

人好さんの側から『債務不存在確認の訴訟』を起こすこともできる。

だが、これは保証金を積むなど費用が高いのが 玉に傷。

ここは賢く「そんなに責任を取らせたいのなら裁判にしませんか」

と引導を渡す方が得策だ。

民事訴訟の被告側は費用が無茶苦茶安いからね。

しかも原告敗訴が見えているのだから、

大船に乗ったつもりでいける。

(ちょっと位やましいところがあったとしても、

原告は立証義務があるから、スゴイ労力がいるのは前述の通り)

「裁判にしろ」と言われて引っ込みがつかなくなった鬼山だが、

弁護士に相談したときから人好さんへの言い掛かりが

止んだのはいうまでもない。

芸能界やプロスポーツ界などで、

事務所や会社の不祥事、倒産騒ぎなどがあると、

必ずと言っていいほど「私は名義を貸していただけ。

給料も報酬も受けてない。全く何も知らないんだ」と、

渦中の人物が記者会見する姿を見かける。

主張の理由が見えるでしょ。

法的な責任回避の口上なのである。

「そうは言っても、皆様には私が責任を取ります」

なんてこと誰も言わないもんね。

 


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