名探偵・・・って何だ?


先に書いておきますが、は私ホームズが嫌い
というわけではありません。むしろ読み物としては好きな部類に入ります


 世間一般的に「名探偵」と言えば「シャーロック・ホームズ」
の名を上げる人が多いと思います。

 ところで・・・というより、これがこのコラムの本題なのですが、
彼のような物語の中の「名探偵」と呼ばれる方々の推理は、大抵あまりにも
現実的でない、超能力的なモノを感じさせることがあります。


例えば、これはシャーロック・ホームズ初登場の場面。
ホームズの名推理をうかがわせる名シーンとして有名です。

「こちらはドクトル・ワトスン。このかたがシャーロック・ホームズさんです。」
 スタンフォードが私たちをひきあわせてくれた。
「はじめまして」
 ホームズはていねいにいって私の手を握ったが、その握りかたは言葉つきにも似ず、 いささか乱暴だと思われるほど強かった。
「あなたアフガニスタンへ行ってきましたね?」
「ど、どうしてそれがおわかりですか?」
 私はびっくりした。
「いや、なんでもないです」
 彼はひとりで悦に入りながら・・・

緋色の研究「A Study in Scarlet」 1887年 アーサー・コナン・ドイル


という場面である。
ご存知の方も多いかと思われるが、一応説明をしておくと・・・
初めてワトスンと会ったホームズが、一瞬でワトスンの素性を読み取り、
その結果として「アフガニスタンに行きましたね?」と発言し、
ワトスンを驚かせるという場面である。


その裏には、このような推理がある。


ここに医者タイプで、しかも軍人ふうの紳士がいる。
すると軍医に違いない。
顔はまっ黒だが、黒さが生地でないのは、手首の白いのでわかる。
してみると熱帯地がえりなのだ。
艱難をなめ病気で悩んだことは、憔悴した顔が雄弁に物語っている。
左腕に負傷している。動かしかたがぎこちなくて不自然だ。
我が陸軍の軍医が艱難をなめ腕に負傷までした熱帯地はどこだろう?
むろんアフガニスタンだ・・・と、これだけの過程をおわるには一秒も
要しなかった。それで僕がそれをいったら、君は驚いたというわけさ

・・・これを読んでも、おかしいと思わない人も多いであろう。
私様も、子供の頃これを読んで純粋に「すごい」と思ったものだ。


しかし、実際にこの推理はおかしい。
推理というより、最初から答えを知っていたとしか思えないのである。

もしくは、憶測から話したあてずっぽうがたまたま当たった
と考えるほうが合点がいくのである。


それはなぜか。
上記の文章を、バラバラにして考えてみよう。


ここに医者タイプで、しかも軍人ふうの紳士がいる。すると軍医に違いない

医者タイプで軍人風の紳士=軍医?
医者タイプと言うのは、見た感じが医者っぽいという解釈で良いのだろうか。
軍人風というのは、姿勢が良く、服装など身だしなみが整っていて、
行動にメリハリがある・・・といった所だろうか。

では、
「医者っぽくて身だしなみが整っていて行動にメリハリがある人」
はみな軍医なのか?

医者っぽく見えても医者じゃない人なんて沢山いるし、
体育会系の厳しいクラブ活動をしていた人なら、
前述のように行動がキビキビしていて軍人風の紳士に見えるかもしれない。
この部分はあまりに強引に断定しすぎである。


顔はまっ黒だが、黒さが生地でないのは、手首の白いのでわかる。
してみると熱帯地帰りなのだ

顔は黒いが、手首は白い。だから肌の黒さは日焼けである・・・
というのは、確かにそうかもしれない。
しかし、だからと言って熱帯地帰りだとなぜわかる?

庭いじりの好きな人だって日焼けするし、スポーツをしても日焼けする。
もっと極端なことを言えば、外回りの営業マンだって日に焼けるだろう。
ゆえに、日焼けをしている=熱帯地帰りと決め付けることはできない。

むしろ、日焼け=熱帯地帰りという推理のほうが
飛躍しすぎていて現実的ではない
と思うが。


艱難をなめ病気で悩んだことは、憔悴した顔が雄弁に物語っている

仕事か何かで徹夜した場合、憔悴した顔にならないだろうか?
もちろん病気でも憔悴した顔になるだろうが、
やつれるのは何も病気に限ったことではない。


左腕に負傷している。動かしかたがぎこちなくて不自然だ

動かし方がぎこちなくて不自然=負傷と判断できるだろうか?
前の晩に腕の関節を寝違えたら、きっとぎこちない動きになるだろう。
先天的に腕の神経に異常がある人も、動きはぎこちなく不自然だろう。
もちろんこれは屁理屈で、動きがぎこちない⇒怪我
という可能性が一番高いとは思うが。
しかし、推理の選択肢は一つではないわけだ。


我が陸軍の軍医が艱難をなめ腕に負傷までした熱帯地はどこだろう?
むろんアフガニスタンだ

ここまでの推理で導きだされた結果を元に述べているわけだが・・・

当時のイギリスの情勢の真っ只中に居れば、
おそらく「アフガニスタン」という単語が出てくるのだろう。

しかし・・・1880年代といえば、
イギリスは第三次イギリス-ビルマ戦争の最中でもあるし、
他にも、エジプトやパプアなどでも様々な動きがあった時期である。
「アフガニスタン」に限定される要素が無い。
また、軍医だから戦地で怪我をすると決まっているわけでもない



と、このように考えれば、やはりホームズはワトスンと会う前から
彼のことを知っていて、驚かせるために「推理したように芝居した」
と考えるほうが正しいように思えるのである。

ここで一番怪しいのが、二人を引き合わせた「スタンフォード」
という人物である。彼が、ワトスンの素性をホームズに教えたのかもしれない。


この推理中、ホームズは数ある選択肢の中から、
迷わずにたった一つの正解を何の根拠もなしに選び出している。

これが本当に何も知らない状態から行われたのなら、
もはや、超能力としか言いようが無いではないか。